
天満宮由来の碑
学問の神菅原道真公を祀るこの天満宮は 古く多賀郡大久保の旧家澤畠家の屋敷神であったが大榎木もとの石祠に祀られていたので 榎木天神又は石天神と称され 近隣の人々からも崇敬されている
一方江戸時代隣村の河原子村では 天下に先駆けて一村一鎮守の制度を確立した水戸二代藩主徳川光圀公によって元禄年間に同村の天満宮が河原子村の鎮守に定められたが実はこの天満宮はこれより先慶長年間 大久保の榎木天神天満宮から分祀されていたものである
現在は宗教法人天満神社となっている
大久保では明治維新後も澤畠家本家によって神祠の改修が行われてきたが 昭和20年終戦以後は多賀町の都市計画事業の進展に伴い改修が施されて今日に至っている
今回裔孫澤畠曻一氏によって総合的見地から境内整備が実施されたのを機に新たに碑を建て 茲に天満宮の由来を記して後世に伝えることになったのである
平成17年11月3日
撰文 茨城大学名誉教授 瀬谷 義彦
建立 日立市千石町 澤畠曻一
(碑文より)
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